明倫自治連合会の成り立ち

現在でも自治会の基本単位は「ご町内」ですが、江戸時代の京都のまちには、数十の「町(ちょう)」がまとまって団結した「町組(ちょうぐみ)」という自治組織がありました。明倫学区は、町組が明治2年に「下京三番組」として編成された区域です。各《番組》には、「小学校」がひ とつづつ作られましたが、そこでは番組の運営(小学校の経営を含む)、戸籍事務、紛争調停、消防活動などの中心でもありました。小学校は単なる学校ではなく、同時に自治の拠点としての役割も 果たしていたのです。これらの「番組小学校」は、当時の画家や文化的素養の高い商人など、教育の重要性を熱心に訴えた人々の力と、京都府の資金と番組各戸からの拠出金により、全国の学区制に先駆け設立されたものです。


 「明倫」の名は、今の京都芸術セ ンターの地にあった石門心学の私 塾「明倫舎」(石門心学の祖、石田 梅岩の弟子である手島堵庵の始め た塾)に因んでいます。そして、「明倫自治連合会」は、「下京三番組」以来の自治の精神を受け継ぎ、昭和三十一年4月に発足しました。

町内会をはじめ、 まちづくり委員会、社会福祉協議 会、自主防災会、消防分団、体育 振興会、民生児童委員会、マンシ ョンネットワーク、など二十余の 団体が自主的な運営により、活動 を続けています。

明倫社会福祉協議会・明寿会

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